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2011年9月11日 (日)

「地獄極楽」(桂昌寺跡)へ

安心院から別府へ抜ける道、国道500号を進みます。

「地獄極楽」を目指し、この先左折の看板を目印に左折して、しばらく行くと、

電線に、たくさんの鳥の群れ。

もしや、ツバメではなかろうかと、車を止め観察。

Swallows

予想通り、ツバメの大群。

(帰宅して、PCの画面で確認。200羽位までは数えましたが、もっといるようです)

本州辺りでは、何千羽も集まる場所がありますが、

九州で、そこまでの規模のものはあまり聞きません。定かではありませんが。

 

間もなく始まる渡りに備えている頃でしょう。

渡りの時は、1日300km以上も飛行するそうです。あの小さな体で凄いなあ。

皆、元気に南に渡って、また来年、日本に帰って来て欲しいものです。

 

雨が降っているので、カメラのレンズを上に向けられずに残念。

 

肝心の「地獄極楽」になかなかたどり着けませんね。

さあ、いよいよです。

Jigokugokuraku09041

あっけらかんとした看板だこと。

 

まずは、閻魔大王のいる閻魔庁へ行かないといけないようだ(笑)

Jigokugokuraku09043

 

 

閻魔庁から、地獄道と極楽道に分かれます。

閻魔大王が、どちらに行くかを決めるのでしょうが、案内板は、地獄道へと促します。

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赤鬼、青鬼の控える血の池地獄でございます。

Jigokugokuraku09046

洞窟の中は、照明も明るく、母と一緒なので、比較的、ゆっくり歩けましたが、

それでも、一人だと、のんびり歩く気にはならないかも知れません。

Jigokugokuraku09045 Jigokugokuraku09047

極楽道を抜けると出口(↑右)。やはり、外に出ると、なんだかほっとします(笑)

 

実は、出口から数メートルの所の階段を上ると、極楽浄土にあたる場所だったらしい。

洞窟を出てから案内図を撮影して、気付いた次第。

地獄道、極楽道を歩いたものの、極楽世界(↓右)には達していなかったわけですが、

すでに、母が駐車場に戻っているので、今回はパス (^^ゞ

Jigokugokuraku09048 Jigokugokuraku09049

ここは、江戸後期に、天台僧が大衆教導のために造ったものだそうです。

人々に仏の道を分かりやすく伝えるものだったのでしょう。

 

安寧を願いつつ、「地獄極楽」を後にしました。

 

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今日は、あの震災から半年。間もなく、あの時間を迎えます。

お盆前に記事にした、NHKの 「東北 夏祭り ~鎮魂と絆と~」の再々放送が、

今朝未明にありました。

そのほかにも、震災直後から数カ月の間に放送された番組の再放送があり、

記憶を新たにしながら、そのいくつかを見ました。

そして、今、被災地からの中継が放送されています。

まだまだ、本当にまだまだです。そんな思いが広がります。

 

去年まで、今日という日は、9.11とは何だったのかと思い返す日だったのですが、

これからは、3.11とも記憶の重なる日付になるのだと感じています。

 

間もなく14時46分、黙とうの時。

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